見聞きしたこと

商売柄……というわけでもないのですが、外を歩いていると、周りの物音やら人の会話やらが気になることがあります。別に聞こうと思って聞いてるわけではありません。勝手に耳に飛び込んでくるんです。

よく行くスーパーのレジに並んでいた時のことです。僕の前に、女性が並んでいました。オバサマと言うには失礼ながら、お嬢さんと呼ぶには褒めすぎな年格好です。肉やら野菜やらをしこたまカゴに満載していますから、焼肉パーティでもするんでしょうか。見るとカゴの底のほうに、ビールや缶チューハイと一緒にりんごジュースやオレンジジュースが詰まっています。きっと子どもたちと一緒にママ友同士でホームパーティなのでしょう。それにしてもずいぶんな量だ。レジ打ちのお姉さん(こちらは純然たるお姉さんです)は見事な手付きで、大量の肉やら野菜やらりんごジュースやらを捌いていきます。みるみるうちにカゴが空になると、ママさんは財布をごそごそ探りながら言いました。
「領収書をお願いします……アゲ様で」
一瞬、時間が止まりました。
レジのお姉さんは「あ……かしこまりました」と何ごともなかったかのごとくに対応していますが、明らかに笑いをこらえています。それにしても、どうしてアレを「アゲさま」と読んだのか。
きっとこのママさんは、行く先々で領収書をもらうたび、小さな笑いを提供し続けてきたのでしょう。素敵です。

先日、ちょっとシャレにならないような話もありました。その日は朝から取材があり、地元の駅に戻ってきたのは夕方6時半頃でした。
改札を抜け、地上に降りる長いエスカレーターに乗ると、僕のすぐ前にトレンチコートを着込んだ男性が立っていました。
もちろん後ろ姿しか見えません。50代くらいでしょうか。髪をきっちりと整え、いかにも上等なマフラーを首に巻いています。黒革の、これまた上等そうなカバンを提げています。ちゃんとしたお勤めの方なのでしょう。
やがて彼は懐からスマホを取り出し、何やら画面をいじくったのちに耳に当てました。どうやら不在着信が入っていたようです。ここから先、僕が聞いた彼のセリフです。
「……ああ、すまない、電話をもらっていたようだけど」
「えっ? うん、うん……」
「ええーーーっっっっ! オペが失敗!?」
思わずドキリとしましたが、彼はしばしの沈黙のあと
「…………あああ〜〜〜……はぁ……」
ビーチボールがしぼんでいくように、ため息を吐き出しました。
地上に降り立った彼はそのまま物陰に隠れるようにコソコソと電話を続け、僕は僕で興味津々ながらも立ち聞きするわけにもいかず、家路につきました。
彼は病院の関係者なんだろうか。なんか、帰り際にイヤなもの聞いちゃったなぁ。明日の新聞に載ったりするんだろうか。

僕の住む小さな街にもいろいろな人たちがいて、それぞれの毎日を生きています。そのたくさんの人の毎日が、一瞬だけ交錯する。その時、自分以外の人生の瞬間を垣間見るような感覚を覚えます。面白くもありおかしくもあり、時に眉間にシワが寄ることもありますが、そこから想像や妄想を広げていくのは、実に楽しいものです。
まあそのほとんどは、本当にどうでもいいような話ばかりなのですが。

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